セミの声も賑やかな夏の盛り。桃の収穫がピークを過ぎ、ぶどうの収穫が始まったとの知らせを受けて、笛吹市の高橋農園を訪れた。車から降りると、太陽に照りつけられた地面の地熱が、もあっと押し寄せてくる。暑い!
「よく来たね」
満面の笑顔で歓迎してくれる高橋家正さん(85歳)の額にも、玉の汗が浮かんでいた。
「さあ、さあ、食べてみて。うまいよ」 挨拶もそこそこに、収穫したばかりのシャインマスカットの房を手渡してくれる。けれど、家正さんはせっかちだ。「おいしい!」と感想を言う前に、「これも食べて、食べて」と超大粒の藤稔(ルビふじみのり)が、差し出された。
「皮がツルンとむけて、果肉がやわらかいよ」と。
健菜倶楽部と家正さんの付き合いは20年以上になる。はじめの頃は、寡黙で会話することすらままならなかったが、近年は話がはずむ。その上さらに、「これも」と桃まで出されては、話は終わらない。
「おやじ、そろそろ農園に案内したら」
写真撮影の時間を気遣って、声をかけてくれたのは長男の正孝さん(51歳)。正孝さんは4年前に会社を退職し、専業農家になった。専業歴は浅いが、子どもの頃から手伝ってきただけに、栽培技術は父ゆずりの確かなものだ。
この日、ぶどう棚の案内役は正孝さんが引き受けてくれた。桃は父、ぶどう栽培は息子が主力になっているという。
いつもながら、農園は明るく、乾いた地面の上を風がぬけて、汗が引いていく。暑さを忘れる心地よさだ。
ぶどう棚の高さは、作業する人の身長に合わせてあるのだが、体格がよい正孝さんには、やや低そうだ。やがては、正孝さんに合わせて、棚の高さも変わっていくのだろう。
「私の課題は、摘粒に時間がかかることですね」
ぶどうは手間でつくる。そんな言葉があるほど、ぶどう栽培は手間がかかる。特に房づくり。生産者は、粒数や大きさを揃え、栄養が偏らずに行き渡るように、毎日、房にハサミを入れていくという。
しかし、摘粒に迷うこともあり、作業に時間がかかるという正孝さんは、あえて栽培面積を減らす決断をした。
「品質は落とせませんから」と。
ところで、父の流儀、栽培方法を正孝さんは引き継いでいるのだろうか。この質問に正孝さんはじっくり考えてから答えた。
「基本は変わりません」
高橋農園の基本は「硬い樹」にある。これは父・家正さん独特の表現で、水や肥料を与え過ぎずに育成した、健康で丈夫な果樹を指している。除草剤など不要。雑草が生えていても、雄々しく枝を広げる果樹だ。桃にせよ、ぶどうにせよ。この硬い木が、栄養と旨みが凝縮した果実を生んでいる。
もう一つ、父・家正さんがこだわり続けてきたのが、完熟収穫だ。家正さんは未熟な桃が市場に出回っていることにずいぶん憤っていた。一方、息子の正孝さんもこう語る。
「シャインマスカットの人気が高くなるにつれ、まだ青々としているのに、収穫・出荷されるものが増えている。これはまずい」
「私は、飴色に完熟したぶどうだけを出荷したい」
硬い樹を育て、完熟収穫をするという姿勢は変わらない。
「けれど」と、正孝さんは言葉を続けた。
「今は、いろいろな勉強会に出て、新しい知識を吸収してもいます」
父の栽培法を引き継ぐだけでは満足しない正孝さんとともに、果実の味も進化していくことになりそうだ。
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