長野県川上村を訪れたのは昨年の7月。八ヶ岳の東裾野、標高1100メートルを超す山岳地にある村は、レタスに埋め尽くされていた。
冷涼で湿度が低く、豊かな水源地の環境を生かして、この地では終戦直後からレタス栽培が行われてきた。そして、その成功と生産者の高収入から「奇跡の村」とも呼ばれる、レタスの王国だ。
この地で、古原和哉さん(53歳)は独自の栽培に取り組んでいる。
「葉の色を見ると、味が分かりますよ」
そう言いながら、案内してくれたレタス畑は標高1500メートル、川上村の中でも最も高地にあった。畑のレタスはやさしい若緑色。冷風を受けていきいきとしている。
早速、試食してみる。まず、しっかりした旨みがあることに驚く。苦味がなく、甘みが感じられる。パリッとした歯触りの冷涼感も格別だ。
すると、古原さんの顔がほころんだ。
「そういう作り方をしているんです」と。
古原さんはレタス栽培歴35年。とはいえ、最初の10年間は単位当たりの収穫量を増やすことばかり考えていたという。しかし、子どものアトピーをきっかけに、「体に良い野菜を作ろう」と考えが変わり、さらにおいしいものを目指すようになったのだ。
「昔は知らないことが多くて恥ずかしいほどだった」というが、古原さんは植物生理や土壌作りの理論を勉強し、栽培法を見直してきた。例えば、葉が深緑であれば、有害成分であり、苦味の元である硝酸態窒素が過剰に生成されている。しかもその濃度と糖度の高さは半比例する。今、古原さんのレタスが淡い若緑色で、糖度が3〜4度と高いのは、収穫期に硝酸態窒素が葉に残らないように栽培しているからだ。
一方、野菜の旨みは、土壌の微生物の活動と関係が深い。だから古原さんは、微生物の活動が活発な土壌づくりをしている。漫然と有機肥料に頼ったりしない。その種類や使い方に独自のセオリーを編み出し、また、少量の化学肥料を巧みに使い分けている。
25年がかりで組み立ててきた栽培技術は、科学的で緻密だ。しかし、古原さんは、「肥料や農薬の使い方は農業技術じゃない」と言い切る。
「食べたいと思ってもらえる野菜を、持続的に作ること。それが農業技術ですよ」
古原さんは、同じ栽培姿勢の仲間と「小川山グリーン研究会」を作っている。「研究会」という名称に、常に新しい知識を増やし、技術を高めようという思いを込めた。
「会長である私が進歩を止めるわけにはいきませんね」
取材に訪れたのは収穫の真っ盛り。古原さんは、睡眠時間3〜4時間というハードな日々を送っていた。何しろ、深夜0時半には、畑を照らす投光器を頼りに収穫を始め、早朝4時には集荷場へとレタスを運び込む。川上村のレタスは「朝採り」と称しているが、じつは「深夜採り」だ。
集荷場では、真空予冷装置でレタスの水分を蒸発させ、芯まで冷やしていく。その温度は5.5度。するとレタスの呼吸が抑えられて、老化が止まる。つまり、味や鮮度を長く保つことができる。そんなレタスの出荷は間もなくだ。
ところで、古原さんには、特におすすめの食べ方がある。それは味噌汁。「旨みが感じられるからですか」と聞くと、「たくさん食べられるからですよ」とにっこり。
今年は、ぜひ、味噌汁でたくさん召し上がれ。
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