寒仕込みの佳境の酒蔵を訪ねて

「よしかわ杜氏の郷」は地元産の酒米を使い、町が輩出してきた名杜氏の技を継承する酒蔵だ。特に永田農法で栽培した山田錦や五百万石から醸される吟醸酒には、酒蔵のこだわりと個性が詰まっている。

 取材に訪れた昨年の一月末は、その吟醸酒の仕込みが終盤を迎えていた。日本酒の醸造法は世界のどんな酒より複雑らしい。それだけに、異なる工程が同時に進行している。小池善一郎杜氏の指揮の下、そのひと言に蔵人は素早く対応し、作業は目まぐるしく展開していった。

蒸米の弾力

 甑(蒸し機)からは、ふくふくとした蒸気が上がっていた。酒米・山田錦が蒸されている最中だ。酒米は三日がかりで精米し、ストップウオッチで秒単位の計測をしながら洗米したものだという。
 小池杜氏が蒸米の状態を見て、サインを出すと、放冷作業が始まった。蒸米を走って運び、床に広げてほぐし、蒸米の温度を一気に下げていく。機械はあるが、吟醸酒のつくりには使わない。手作業だ。
 「試しに」とその米粒を食べてみると、甘くて弾力に富んでいた。この水分の入り方が酒の出来を左右する。

麹も醪も低温でゆっくり

 一方、麹室では、製麹=麹づくりが進行していた。50時間前に台の上に広げられ、種麹を振りかけられた蒸米は、蔵人の手で、何回も手入れ(裏返したり、一粒一粒パラパラにすること)がされ、麹へと変化してきた。
 「低温でゆっくりと走らせています」と小池杜氏。麹が完成するまでに、ふつうの1.3倍の時間をかけるという。
「麹の顔が普通とは違うのですが、分かりますか」
 菌糸が表面ではなく、米粒の奥深くへと入り込んでいく、そんな麹づくりをしているからだ。その麹は、最後まで力強く働いてくれる。

 この日、酒母(酛)の樽からは、パチパチと泡が弾ける音がした。発酵に勢いがある。
 一方、醪のタンクの泡はおとなしい。じつは、発酵が勢いづき過ぎないように、時には周囲に冷水をめぐらせてまで低温を保つのだという。そして、搾りまでに普通の2倍の時間をかける。時間とともに香りが高くて品がある、きれいな酒が醸されていく。
 毎日、醪に櫂を入れ、攪拌しながら、状態を調整していくのも杜氏の仕事。櫂を持つ手がセンサーだ。杜氏の五感が、うまい酒を生んでいた。

ぜいたくな蔵

「ぜいたくな酒づくりをしています」
 谷内幹典さんはそう話す。蔵人になりたくて、六年前に吉川に移住した人物だ。「ぜいたくとは?」と聞き返すと、「生産者さんが、素晴らしい山田錦や五百万石を供給してくれて」と言う。さらに、この地には名水があり、杜氏の伝統がある。なるほど、ぜいたくな蔵だ。
「気候も米も毎年違う。学ぶことばかりです」
 この谷内さんと同じことを、小池杜氏も口にした。「毎年違う」と。そして「毎年、もっと良い酒をつくりたいと思っているのですが」と付け加えた。

 じつは、取材の後、「小池杜氏の酒が全国新酒鑑評会で入賞」という知らせが届いた。全国の杜氏が技を競う無二の鑑評会だ。コロナ禍で、金賞などの結審が中止になったのは残念だが、蔵人だけでなく、酒米の生産者もさぞ喜んだことだろう。そして、小池杜氏と蔵人は、そこに留まらず、より旨い酒を生もうと挑戦し続けているに違いない。


健菜の純米吟醸酒「雪麗」は、永田農法の山田錦から醸した名酒。
米の佳味が生きています。


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