砂丘育ちの玉ねぎは 悪条件を逆手にとっておいしさアップ

遠州灘に沿って広がる中田島砂丘の間近で玉ねぎが栽培されている。空っ風が吹くその産地を取材した。

砂地(さち)栽培という言葉がある。文字通りの意味だが、昨年の1月下旬、清水易文(やすふみ)さん(44歳)の畑を訪れた時には、正直、「砂地とはいえ、ここまでとは!」と驚いた。
 何しろ畑があるのは、浜松市南部、遠州灘に沿って東西4キロに広がる中田島砂丘の間近。いや、砂丘の「一画」とさえ言える場所だった。中田島砂丘は風紋の美しさで有名だが、それは遠州の強風がつくりだす景色だ。
 その強風が、畑に容赦なく吹き付けていた。足下はさらさらと乾燥していて、風を受けた砂粒が小さな渦巻きを起こしている。農業にとって、この環境は過酷すぎないだろうか。

 けれど、「いいえ」と清水さんはきっぱりと否定した。「玉ねぎの栽培には、とてもよい環境ですよ」
 それはなぜ?という質問から、取材は始まった。

温暖な気候と砂地の強み

 砂地は痩せている。もともと養分が少なく、肥料のもちも悪い。水はけは抜群によいが、干ばつになりやすい。 「けれど、それが長所でもあるんです」
 肥料と水を最小限に抑えて、野菜をたくましく育てるには、最適な環境だというのだ。薬剤で土壌消毒する必要がなく、病虫害も発生しにくいという。
「そして、地温の変化が大きい。これがいい」
 遠州灘一帯の気候は温暖で、日照時間も長い。太陽に照らされて土(砂)の中の温度もぐんぐん高くなる。ところが、夜になると一転、保温力がない砂の地温は急速に下がる。ふつうの土壌にはない特質だ。この地温の寒暖差が、玉ねぎの甘さを高めるのに大きな役割を果たしているという。
 さらに、塩風がミネラルを運び、玉ねぎの複雑な旨みを深めている。
こうして見直してみると、欠点と思われた要素が長所に置き換わっていく。
 「なるほど」と納得していると、「だから、私はここの畑を選び、そして玉ねぎをつくることにしたんです」と清水さん。それは4年前のことだった。

ここでしか生まれないおいしさ

 じつは、清水さんは新規就農者だ。20年近く市場の仲買人をしていたが、「農業をやりたい」と生産者に転じた。それまで、いろいろな生産者に出会い、その栽培法を見てきたことと、市場の一員として消費者が求めているものを肌で感じてきたこと。その二つが「自分の強みになるかもしれない」と考えたという。

 栽培する野菜は、白たまねぎと黄玉ねぎ(ふつうの玉ねぎ)だと、まず、決めた。もともと中田島砂丘の北側は、玉ねぎの特産地として名高い。なかでも、地元の生産者が自家採種で栽培を続けてきた白玉ねぎは、地域限定、希少なブランド野菜だ。甘くてジューシー、やわらかくて、ツンとする香りがない。
 一方、黄玉ねぎは、どの産地より早く収穫し、そのフレッシュさで他を圧倒している。
「消費者が求めているのはこの玉ねぎだ」と確信していた清水さんに、栽培に最適な農地を貸してくれる人も現れた。
「運良くね」と清水さん。
 さて、その栽培の基本姿勢は、肥料、水、農薬を極限まで減らすこと。浜名湖産の蛎殻を利用して土壌改良するなど、おいしさを高めるために工夫を凝らしている。
 試しに砂地から掘り出した玉ねぎは、長さ15㎝もある根っこが繁茂していた。茎元が細くて締まっている一方、球はふっくらと丸い。これが良質なしるしだ。
 清水さんの白玉ねぎは、1月が収穫最盛期。それが一段落すると黄玉ねぎの収穫が後に続く。どちらも収穫直後に出荷する。フレッシュな春の味が、砂丘の傍らから届くのを楽しみに待ちたい。

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